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中観思想,唯識思想

 大乗仏教釈尊が説いた縁起の教えを「空」の理論に精緻化していく.すべては変化し続ける(無常),不変の実体はない(無我),すべては連続性・関係性の中で成立(縁起)している,すべての存在は要素の集合体に過ぎないととらえる.大乗仏教の先駆の経典である「般若経」において提示された「空」は,その後ナーガールジュナ(龍樹,2〜3世紀)が著した『中論』などに基づき理論が体系化されていく.

(中観思想)

 中観思想は,あらゆる存在(諸法)は有無や常断などの二極端を離れて,実体性を欠いている無自性(空性)である*1ことを説く.これは釈尊の縁起説を「空」*2という概念で説明したナーガールジュナの『中論』を所依の論としている.『中論』の冒頭には不生・不滅,不常・不断,不一・不異,不来・不去の八つの否定(八不)を通して二項対立を解体し,事物は相対的な関係にすぎない因縁を観ずることにより,とらわれのない正しい見方が得られるということが説かれ,縁起は八不の性格のもの*3であり,言語表現を越えたもの(戯論寂滅)であるとした. この思想は弟子のアーリヤデーヴァ(2〜3世紀)に受け継がれた.五世紀頃になるとブッダパーリタ(仏護,470-540頃)が現れて中観思想を盛んにした.この系統を継いだのがチャンドラキールティ*4(月称,650頃)である.そしてブッダパーリタの理論は他の立場の破折のみ*5である(帰謬派(中観派))と批判したのが論証式を用いたバーヴィヴェーカ(清弁,490-570頃)である(自立論証派*6*7.縁起による二項対立の否定(八不)から戯論(概念の遊戯)寂滅へと至る道を示したナーガールジュナによる『中論』以降,中観思想の中心課題は,真理の二重構造である二諦*8(真諦・勝義諦と俗諦・世俗諦)のあり方をめぐるものとなっていった.

唯識思想)

 中観思想の「空」の論理を受け継ぎ,世俗諦から勝義諦へと確かなる転換を図るために,より具体的な思想(ヨーガ(瞑想修行)実践を通して,外界に対する誤った認識を離れて唯識性を確立させる)として,瑜伽行唯識学派(アサンガ・無着,395-470頃)が確立され,ヴァスバンドゥ(400-480頃)により唯識思想が確立する*9(開祖はマイトレーヤ弥勒*10).唯識性とはわれわれの経験の世界は「識」のみである(ただ(唯),識(心)だけが世界に存在する=この世の中にあるすべてのものは心が創り出したものである)という意味である.外界の認識は外界そのもの(物理空間)ではなく認識されたもの(情報空間)である.知覚の手段である外界を認識する「識」は直接知覚(現量)の五識(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識)と正しい推論(比量)をする識(意識)*11の第六識とその背後に末那識(現象心,阿頼耶識を対象とする自我意識)と阿頼耶識(潜在心,経験の結果を保存している他の七識の生じる基体)の八識である(唯識的認識論).また,これらの識は転依し4種の仏智が体得されるとしている.① 阿頼耶識に対して「大円鏡智」(大きなくもりのない鏡のようにすべての事象をありのままに照し出す智).② 末那識に対して「平等性智」(すべての事象は平等であると知る智).③ 意識に対して「妙観察智」(すべての事象をありのままに観察する智).④ 前5識に対して「成所作智」(なすべきすべての事をなしとげ衆生を救済する智)*12.このようにわれわれの経験の世界は八つの識によるものであるから真偽が生じうる.この世における事象・存在のあり方について考察したものが三性説(唯識存在論)である.外界(諸法)を実在すると見るのが「遍計所執性」であり,実際はこの世の中にあるすべてのものは縁起により心が創り出したもの「依他起性」であり,唯識の修行により煩悩を除けば正しい認識が起こる.これが「円成実性」*13である.このように唯識思想は,中観思想の「空」の論理を受け継ぎながら,十二縁起のうちの「識」によって「空」を説明しようとする,世俗諦から勝義諦へと積極的に空性を主張,縁起の実践と空の実践を説いていると考えられる.なお,有相唯識*14派ナーランダ寺のダルマパーラ(護法,530-561)が著した『成唯識論*15玄奘三蔵法師,602-664)が漢訳し日本の法相宗に伝来した*16

 ナーガールジュナもアサンガも,空性をどのように理解すればいいのかという問題点を解決するために,独自の理論を立てたのであろう.前者は無自性で,後者は三性説で説明しているのである. 

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*1:諸法無自性.

*2:有も無も両方を包み込む概念,有や無よりも抽象度の高い概念.

*3:縁起によって生じるがゆえに一切法は空である,諸法は無我・無自性であることを八つの否定形の連続によって説いたもの.

*4:後代にチベットでは大きな評価を受ける.

*5:プラサンガ論法:諸実在論を否定していくことにより空性は論証されるという考え.

*6:言語の不完全さを認識した上でニ諦説に基づき論証する.

*7:チャンドラキールティ(月称,7世紀)が批判.

*8:ナーガールジュナ:「諸法の説法は二諦に依る」.

*9:その後,識の内にある形像(相分)を縁起するものと認める有相唯識派と識と形像の二分を認めず,形像を虚妄とする無相唯識派に.

*10:おそらく実在した人物ではない,権威づけのためにアサンガが設定したと思われる.

*11:二量(現量・比量):認識手段(pramana):視覚といった五感等,認識するための方法.後に有相唯識派の祖 Dignagaが詳しく定義する.

*12:密教では法界体性智(=大日如来の智恵)を加えて五智に発展する.

*13:悟りの境地は言語を超越するので,真如や法界という同義語により説明される.

*14:スティラマティの無相唯識との論争(心の中にある形象を有とするか無とするか)があったとされている.

*15:中国,日本における法相宗の教科書になる.

*16:聖徳太子の時代(飛鳥時代)に仏教は日本に本格導入された.