水色の写真館

暮らしの雑文

時空のいたずら.

12月も半ばとなりました.

今年になり,Hatena BlogやFacebookに飛ばす写真の記録用に利用していたInstagram暖かいメッセージを沢山いただくようになり,それがきっかけとなって本格的にSNSとして楽しむようになりました.約1,500名のフォローをいただき,世界とはいかないまでも全国の暮らし,風景やイベント,日蓮宗寺院など今まで知らなかった空間を目にすることが出来ました.そして楽しくコミュニケーションさせていただきありがとうございました.

今いる場・空間がそれぞれ違っても時間を共有できるもう一つの地球(インターネットの世界)のウエートが大きくなっていることを実感します.しかもそこは自分の脳に記憶された思い出だけではなく全てが記録され検索・コピーも可能なネットカルマの世界です.

ネットカルマ 邪悪なバーチャル世界からの脱出 (角川新書)

ネットカルマ 邪悪なバーチャル世界からの脱出 (角川新書)

 

さて,本年は私にとって大きな変化の年でした.約37年の役人と大学院での研究生活3年合わせて40年を区切りに4月からフリーランスとなったのです.幼稚園(5歳)からですから組織に属さない環境は57年ぶり,なんと半世紀を超えていました.

4月に学会の発表を終えて早速,5月から6月にかけて鎌倉など関東周辺へ自身のルーツを探る旅に出かけました.

https://www.instagram.com/p/ByKJUSplFqZ/

長興山妙本寺.#大町 #最古の日蓮寺院

思えばいわゆる気ままな一人旅は大学3回生の北海道一周以来です.旅をすると学生時代の記憶がまるで映画館の巻き取られたフィルムから画像の一コマ一コマを探し出すように,映写機が逆回転するかのように蘇ります.

noginogikun.hatenablog.com

さて,その旅は夏休みということで,全国の学生達と出会い,キャンプをしたり,朝まで語り合ったり,しばらく一緒に旅したり.素敵な方とめぐり逢いました...

そして卒業,他愛ない夢を捨て就職を決め京都から松江に帰る時,お互い頑張ろうと手紙をいただきました.去りゆく時間を惜しむ私は返事を書くことが出来ませんでした.

今ならLINEInstagramなどのソーシャルネットで気楽に繋がりが保て記録は積み重なるのでしょうが,あの時のことは自分の脳にだけ記憶された淡い思い出です.あの頃が今ならどうなっていたのでしょう...


あの頃のまま / 松任谷由実 オリジナル

隣の部屋から妻の笑い声が聞こえます.たぶん娘たちとSNSをしているのでしょう.

センチメンタルな時のいたずら,苦笑いです.また来年もお願いします.ありがとうございました.

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今日も妻と時空を共にし穏やかな日々が続いていることに感謝します.合掌

近代の歴史・日連係諸宗派について

 日本における近代は明治維新(1868年)から太平洋戦争の終結の昭和20年(1945年)にいたる時代である.
 明治政府は,国学神道を指導理念とし,神仏分離を推し進めた.その結果,全国的な廃仏(排仏)毀釈が行われ,多くの僧侶が還俗,仏教への迫害や沢山の貴重な施設・仏像などが破壊された.1875年(明治8年)まで続く.特に薩摩藩・鹿児島県内は,藩主島津家の菩提寺までが廃寺となり*1,仏教由来の国宝,国重要文化財は一つも存在しない.水戸,高知,松本なども激烈な廃仏(排仏)毀釈が行われた地域である.
 身延山久遠寺を総本山,池上本門寺中山法華経寺・京都妙顕寺・京都本圀寺*2大本山とする一致派を統一した「日蓮宗*3」という宗派名は1876年(明治9年)の公称以前は,法華宗日蓮法華宗その他日蓮党などと呼ばれていた.
 1898年(明治31年勝劣派もそれぞれ妙満寺派は「顕本法華宗」,八品派は「本門法華宗」,越後本成寺派は「法華宗陣門流」,本隆寺派は「法華宗真門流」と宗派名を公称した.また大石寺は1900年(明治33年)本門宗を離れ独立し後に「日蓮正宗」となる.
 不受不施派は江戸時代以来寺請が禁止されていたが,岡山や千葉では地下に潜行していた.日指派日正は幕末から再興運動を行い,明治9年公許されて「日蓮宗不受不施派」として岡山県金川妙覚寺を建立した.津寺派は「日蓮宗不受不施講門派」を公称し,岡山県鹿瀬本覚寺を建立した.
 在家仏教運動も発展し,「仏立講」「蓮門教」「高松八品講」などが結成された.その他国柱会(1914・田中智学*4),天晴会(本多日生)など全国的な規模に発展した.大正末期から昭和初期には「霊友会」「立正佼成会」「創価学会」などが生まれた*5
 1940年(昭和15年)には本末解体が行われ,「日蓮宗」「本門宗」「顕本法華宗」の三派が「日蓮宗」に,「本門法華宗」「法華宗」「本妙法華宗」が「法華宗」となった.
 終戦後,妙満寺は「日蓮宗」を離脱し「顕本法華宗」を設立した. 

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*1:寺院の過去帳が失われている.

*2:徳川光圀の帰依により本国寺→本圀寺.

*3:既存教団で宗派名に祖師の名前を付しているのは日蓮宗のみである.

*4:日蓮主義の主張.

*5:日蓮聖人の御廟所(聖人のお墓を守っている地域)があるので,創価学会以外の日蓮新宗教のほとんどが身延山に登詣する.

近世その2・法華信仰の特徴(仏教書の出版)

 檀林教育が各地で盛んになると,

noginogikun.hatenablog.com

これに併せ仏教書の出版もなされるようになる.その中には日蓮聖人の伝記も刊行されるようになり,近世中期には庶民信仰の高まりとともに,開祖にたいする祖師信仰や守護神*1鬼子母神妙見菩薩・清正公・七面大明神・日朝上人)に対する信仰が全国に流布した.特に江戸市域には現世利益を求めて,厄除・日限・願満・安産の祖師像が造立され,聖人にまつわる霊場が生まれた.
 加持祈祷が寺院内で行われ,日閑は身延積善坊流の祖と仰がれ江戸に七面大明神が勧請されるようになった.中山では日久が遠寿院流を展開した.修行の根本は身延七面山であり,山岳信仰の霊山*2として修行者が絶えなかった.
 一方,浮世絵・落語・浄瑠璃・歌舞伎などのが法華美術として聖人の伝記に使用された.寺院を題材とした葛飾北斎安藤広重の作品や長谷川等伯本阿弥光悦*3など文化人が法華信仰を芸術作品として表現した.

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<題目塔銘文・建立意図>
 江戸庶民は,題目講中を始めとする信仰集団を組織し,寺院の年中行事に参加した.これらの組織は,礼拝時に題目「南無妙法蓮華経」を唱えたので,題目講と総称される.この題目講*4は聖人の50年毎に遠忌の折に題目塔を建立*5してきたのである.

*1:関西以西では日像上人の布教により三十番神信仰が盛んである⇒番神堂建立

*2:加持祈祷の根本霊場で,祈祷師を志す僧侶は七面山で修行した.

*3:京都本山本法寺に所蔵されている.

*4:千部講,妙見講,十三日講など様々な名称.

*5:その多くは,菩提寺霊場寺院に建立された.

近世に移行・檀林教育の特色(様々な弾圧を受けた歴史)

 日本における近世は安土桃山時代・江戸時代をさし,室町幕府の滅亡(1573年)から明治維新(1868年)にいたる時代である.
 日蓮宗は,明治9年(1876年)の「日蓮宗」という宗派名公称以前は,法華宗日蓮法華宗その他日蓮党と呼ばれていた.
 近世に移行する中で檀林教育が盛んになり,門流・本寺を中心にそれぞれの檀林が形成される.1580年(天正8年)に京都において最初の檀林が開設された(〜1654年・関西六檀林).関東では1590年(天正18年)に千葉において最初の檀林が開設された(〜1688年・関東八檀林).

 1564年(永禄7年),京都日蓮宗諸本山の合意のもと,一致派と勝劣派の融和をはかり,教団の立て直しを目指し,「永禄の規約」が締結された.
 1568年(永禄11年)より大阪で天台三大部の講義が行われ,近世日蓮教団の指導者日重(一致派教学の原点・身延20世,功績偉大・日蓮教団を支配)を輩出した.これを受け教学研究の機運が高まった.
 一方,近世初頭の日蓮宗は,政治権力の圧力にその方向性を迫られる.織田信長日蓮宗と浄土宗両宗の僧を集め中立の高僧に判定人を依頼した上で法論を戦わせた(『安土宗論』,1579).日蓮宗の敗北に終わると,信長は日蓮宗側に他宗を誹謗中傷するような布教方法は一切禁じることを命じた.

<安土宗論起請文>
  敬白 起請文の事
一 今度江州浄厳院において浄土宗と宗論し、法華の負けとなりしゆえ、相違なし
一 向後他宗に対し一切の法難をしかけざること
一 法華に一分の理を与えられしこと感謝の至りと心得、法華上人衆については一度その位を辞し、改めて任ぜられるべきこと
 右の条文:守らなければ,日本国中大小の神祇(天津神国津神)、大乗妙典、殊に三十番神の罰を蒙ることになる、よって起請文、この通りである
天正七(1597) 五月二十七日

 豊臣秀吉は,1595年(文禄4年)方広寺大仏殿千僧供養会のため,天台宗真言宗律宗禅宗,浄土宗,日蓮宗時宗一向宗に出仕を命じた.この時日蓮宗は出仕を受け入れ宗門を守ろうとする受不施派(多数の僧侶)と,出仕を拒み不受不施義の教義を守ろうとする不受不施派に分裂(分派)した.妙覚寺・日奥は出仕を拒否して妙覚寺(京都)を去っている.
 徳川家康は不受派の弾圧を続け,大坂城で日奥と日紹(受不施派)を対論(大阪対論,1599)させた.権力に屈しようとしない日奥を対馬流罪にした.1608年,浄土宗の増上寺・廓山と妙満寺・日経との宗論(慶長宗論)で,両者を江戸城で対決させた.日経は,京都六条河原にて耳と鼻を削がれ酷刑に処された(慶長法難,1609年).不受不施派は非合法化された.こうして日蓮教団は,受派と不受派に分裂し,互いにその教義を主張し合うようになっていった.1616年日奥は赦免されて妙覚寺に戻った.
 1630年久遠寺・日暹(受不施派)は,池上本門寺・日樹(不受不施派)が久遠寺を誹謗・中傷して信徒を奪ったと幕府に訴え,江戸城にて両派が対論(身池対論)した.不受不施派側は敗訴し,流罪の刑に処せられた.不受不施派は江戸時代以来寺請が禁止されていたが,岡山や千葉では地下に潜行していた.日正は幕末から再興運動を行い,明治9年公許されて岡山県金川妙覚寺を建立した.

 このように,不受不施派は弾圧を繰り返されているにも関わらず,檀林は一致派・勝劣派*1を問わず開設された.一致派は天台学を重視する教育課程,不受派は御書(日蓮遺文)を重視した.

<檀林学僧の心得>
  新説条目
一 互いに思い合い思いを合わせる異体同心によって,鎮守の加護恩恵の仰事可能となる.
一 昼夜読経祈念に専念すること
一 仲間内で談義の良し悪し(批判)を言ってはならない
一 檀林内はもちろん,弘通先などにおいて,喧嘩口論は固く無用のこと
一 衣類法衣は過分でなきこと(質素なものを着ること) 

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*1:勝劣派の中に不受不施派も入るが,勝劣派の一派にすぎない.

天台の教え(一念三千)

天台実相論
(三諦・三観・三智・三惑の関係,化法の四教の関係)

 天台大師智顗は『摩訶止観』の中で円教を中心とする実践,観門の教説を明らかにしている.
 天台(法華)三大部である『法華文句』は教相(注釈書),『摩訶止観』は観心(修行方法),『法華玄義』は二門により顕在化する奥義である.
 よって天台の実相論は『摩訶止観』の修行より「諸法をありのまま正しく認識する」さとりの境地である.
 諸法のありのままの姿を認識知覚するあり方を三諦(空諦・仮諦・中諦)とし,この三諦を観ずる修行方法が三観(空観: 但空の道理/通教,仮観:但中の道理/別教・円教,中観:不但中の道理/円教)である.円頓止観によるさとりの境地である円融三諦(円教/化法の四教)により三惑(見思・塵沙・無明)を断ずるのである.その結果,三智(一切智・道種智・一切種智)を身につけてさとりの境地「十如実相」となる.

(円融三諦)
『摩訶止観』
 円頓止観によるさとりの境地 → 十如実相

  (1)諸法のありのままの姿を認識知覚するあり方→三諦(空諦・仮諦・中諦)

  (2)三諦を観ずる修行方法 →  三観  (空観・仮観・中観)
                   ↓
                   円融三諦(  一心三観  )
                   ↓
                   三惑  (見思・塵沙・無明)を断ずる
                   ↓        ⇅
                   三智  (一切智・道種智・一切種智)

天台観心論
(正修行について)

 三惑を絶ち三智を得るための修行方法である円頓止観の骨子は,一心にさとりの境地に至ろうとする強固な意思である「菩提心」,修行に耐えうるために守るべき徳目で日常生活における行である「方便行」,そして「正修行」(正修止観)である.
 「正修行」とは形態「止」に関して「四種三昧」を,内面「観」に関しては「十境十乗観法」である.
 二十五方便行の後の「四種三昧」は次の4種の「止」の瞑想法である.
・「常行三昧」
 歩きながらの瞑想法で,『般舟三昧経』に基づいて行う.「南無阿弥陀仏」を唱え,阿弥陀仏を観想し,阿弥陀仏の仏像の回りを90日間回り続ける.
・「常坐三昧」
 座禅をしての瞑想による三昧.
・「半行半坐三昧」
 行道と座禅をあわせて行う.
・「非行非坐三昧」
 特定の時間,形での瞑想ではなく,日常の中で常に瞑想を行う.

 「四種三昧」の実践を内面から充実させる修行の本質が「十乗観法」により示される.
 これは,観察の対象を「十境」に分類し,観察の方法を「十乗」に分類し,その組み合わせ全体で100種類の観察を行う観法である.
 「十境」とは,「陰入」「煩悩」「病患」「業相」「魔事」「禅定」「諸見」「増上慢」「二乗」「菩薩」の10種類である.
 次に「十乗」とは,「不可思議境の観察」「慈悲の心を発する」「巧みに止観に安んじる」「法を遍く破る」「通と塞とを知る」「道品を修行する」「対治して門を開くことを助ける」「順序だった位を知る」「忍耐できるようにする」「法に対する愛着をなくす」の10種類である.

 中でも,最初の「不可思議心の観察」が重要とされ,これは対象の世界が概念的な理解を越えているということの観察である.その観察法の一つが「一念三千」である.「三千」は「十法界」と「三界」と「十如是」の組み合わせであり,「十法界」は「六道」「二乗(声聞・独覚)」「菩薩」「仏」の十の世界であり,いずれも心が生み出すものである.その心のあり方は,「六道(『華厳経』)」は「有」,「二乗」は「空」,「菩薩」は「仮」,「仏」は「中」に対応する.そして,それぞれの世界には,他の法界も含めて「十法界」が潜在的に存在すると観察する(「十界互具」).また,それぞれの世界には,構成要素としての「五陰世間」(客観的世界)と,生き物としての「衆生世間」(主体的世界)と,容れ物としての「国土世間」(自然環境としての世界)の3つの世界がある(『大智度論』).
 「十如是(『法華経』方便品)」は,以上の世界のそれぞれが持っている十の存在要素である.具体的には,「相」「性」「体」「力」「作」「因」「縁」「果」「報」「本末究竟等」である.
 以上を組み合わせて10×10×3×10=3000となる.こうして,すべての心の中に,この「三千世界」があると観察する.そして,一瞬の一つの心と一切法である三千世界は,どちらかが先にあるというものでもなく,一つの心が「三千世界」を生むのでもなく,一つの心が三千世界を含むのでもない.「不可思議境の観察」のもう一つの観察法は,「四句推検」である.これは,心の対象を4種命題(A・非A・両是・両否)の否定の分析を通して空(つまり,不可思議)であると考察する,ナーガルジュナに由来する方法である.

(一念三千)

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このように,一念三千は,天台の場合『二経一論』によって構成されている.一方,日蓮聖人は十界互具の論拠をすべて『法華経』に求め,『法華経』が一念三千の経典であるとしている.

 

Time of your life

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浜田省吾さんのお好きな方,こんにちは.浜田省吾さんの歌詞の根底に流れる価値観にはよく仏教感があると言われています.すべてはそこにとどまり続けることなどなくいずれは過ぎ去っていくという刹那・悲しみ・痛手を歌い上げている,これらは「諸行無常」「諸法無我」「一切皆苦」などを意味し,はかないと知るがゆえに日常の時間をいとおしく感じさせます.
私達はなんとなく時間とは過去から未来に向かって一直線上に流れるものだと思っています.仏教の時間論の中で説一切有部という教団*1は,時間は未来から現在そして過去に流れていると考えました.車を運転している人のイメージ(車のいる瞬間地点が現在で前方の景色が未来,そして流れていく後方が過去),まるで過去・現在・未来の三世が同時に存在している*2ように感じます.これは時間の流れを空間内の移動・運動と見ている時空の概念です.時間を途切れない直線の流れと見るのではなく映画の一コマ単位の映写機のリールのように見ています.この時間の単位を刹那といいます.

「二度と立てぬ 痛手なのに 受け入れてく 不思議だ人は 追いつけない この悲しみ 後に残して」 

https://youtu.be/Tlo3MJfK_H4

これらの苦を少しでも克服することが衆生にとっての課題です.人間はなにげない日常のなかでいったいなにをすればいいのでしょう... 前置きが長くなりました.私が好きな歌に「君が人生の時」というバラードがあります.この歌詞はラブソングだと思っていましたが,タイトルイメージの誤解釈だったようです^^;

「喜び悲しみ 今日も つづれ織りながら 明日へと心をつなぎ ひたすら生きてくだけ たとえ それが思い通りに いかないとしても Time of your life 抱きしめるがいい ただ ひとつの 君が人生の時... Time of your life 想いを馳せれば 心 高鳴る 君が人生の時」

たとえ思い通りにならなくて苦しくても,今この一瞬の刹那をないがしろにしてはいけない.かけがえのない大切なあなたの人生の「時空」そのものなのだから.今こそが心高鳴る未来へと続く人生そのものなのだから.

つまり「君が人生の時」とは,「今この時間と空間が君の人生そのもの」のような意味でしょう.

https://www.youtube.com/watch?v=eQX5XKgxAEQ&feature=share

昨日偶発的に懐かしい方からのコンタクトがありました.すべてが遠く過ぎ去ってしまった事柄でありもう振り返ることさえもない過去であると思っていましたが,この歌のとおり痛手であり苦しかったけれどあの時が今日(未来に)までつながっていることの不思議さを感じた日曜日の夜のささやかな出来事*3でした.
この歌は人生の応援歌であるのですね,ずっと... 私にもあの人にも.またお願いします.ありがとうございました.

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全ての存在は相対的相関的なもの,これをユングは「シンクロニシティ」と呼び釈尊は「縁起」と見た.

*1:戒律を守る保守派上座部の一つ(部派仏教の時代 1〜2世紀).

*2:「三世実有」説.

*3:法華経を熟読する者は,これを読んで確信を得,慰安を有するがゆえに,成敗栄辱によりて動かされず,あらゆる境涯に案んじ,あらゆる艱難に耐え,一挙手一投足の労にも深き意義を認めてこれを重んじ,これをたのしみ,もって崇高潔白なる生涯を送りうべきなり」第10代日本学士院院長 山田三良.

HANABI/ミスチル から10年,「SINGLES」で主人公は大人になった.

 ミスチルの歌詞のお好きな方,こんにちは.
 人間の欲のなかで最も強い激しい欲・執着を「渇愛」といいます.仏教のなかではもっとも苦しい煩悩であると捉えられています.そのひとつがこの煩悩(愛する人への思いを捨てること)でしょう.これら煩悩を克服することが衆生にとっての課題です.波風がたった娑婆世界に生きている人間はなにげない日常のなかでいったいなにをすればいいのでしょうか.

 最近,劇場版コード・ブルーがヒットしたテレビドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」の主題歌「HANABI」は10年経った今も輝きを放ち続けるモンスターソングです.その歌詞は生きていくことの悲しみを仏教観で切々と歌い上げています.そしてこれも10年のときを経て,2018 年夏にリメイクドラマとして再度放送された人間の「都合」と「執着」により腐敗した日本企業と戦う『ハゲタカ』の主題歌「SINGLES」その言葉の奥にあるメタファーを勝手に読み解いてみました.

 以前,HANABIに仏教観を説いているようなメタファーを感じたので書いています.

noginogikun.hatenablog.com

サヨナラが迎えに来ることを,最初からわかっていたとしたって」「決して捕まえることの出来ない 花火のような光だとしたって もう一回×4 僕はこの手を伸ばしたい
 10年前,主人公は会者定離(かならず来る別れ)をわかっていても,愛する人との別れを惜しみ,未練と後悔の中で生きていた.
めぐり逢えたことでこんなに 世界が美しく見えるなんて 想像さえもしていない
 たとえ花火の光のような一瞬の煌めき,刹那の感動を繰り返すだけだとしても会いたいと思っていた.
僕は意外といろんなことを覚えていて 戻れないこと わかってたって どこかに面影を探してしまう
 10年の時を経た主人公はいまでも,戻れない幸せだったあの頃の記憶をどうしても忘れることができない.
悲しいのは今だけ 何度もそう言い聞かせ いつもの同じ感じの日常を過ごしている
 忘れる努力をしてもそれは悲しい心を忘れたいと言い聞かせることがより執着を強めてしまうことになる.忘れようとする行為自体が思い出すことに縁起する.
僕が僕であるため Oh I have to go
だから,新しい道を進むこと転換が必要だ.
ねぇ 君はまだあの虹を覚えてる?
 主人公(ミスチル)は「虹」に何を意味づけているのだろう.
“夕暮れの晴れた空にかかる虹は,やがてはかなく消えてしまいますけど,ひとの胸にかかった虹は,消えないようでございます.*1
 主人公にとってこれほどまでに人を愛し,これほどまでに愛にとらわれたことはなかったのであろう.
 同じ虹は二度と見られない.あの美しいグラデーション,虹の色に境界を引けないように,この世の中の全ての事物は常に変化し,他から独立して存在しているものなどない.虹はまさに釈尊の縁起の法が説く移ろいゆく世界,無常無我のありさまそのものである.
誰かの為に生きるって誇りを 僕に教えてくれたのは 君だけ
 「発菩提心*2」誰かのために生きたい.愛する人は主人公の意識下にいつしか観音菩薩ブッダの報身・化身)となり,自利(自分のため)だけでなく利他(誰かのために努力すること)を即し菩薩行へ導く.
守るべきものの数だけ 人は弱くなるんなら 今の僕はあの日より きっと強くなったろう
 煩悩(守るべきもの)の数だけ苦しみは増していく.渇愛や執着を手放すこと,とらわれの心を取り返すこと.主人公は執着する「思い」を「思い出」に変える.
楽しいのは今だけ 自分にそう言い聞かせ 少し冷めた感じで生きる知恵もついたよ
 「愛別離苦」,愛が深ければ深いほど別れ離れの苦しみは増していく.どんなに愛を注いでも,その対象は無常である.だからやがては変化し過去に去ってしまう.愛は束の間の時,無情無我を自身に言い聞かせる,仏の智慧である.
それぞれが思う幸せ 僕が僕であるため
 「自己を拠り所とせよ」,自分は自分の人生を自分として生きていく.自分自身に誇りを持ち,そしてこの世は無我であるということの智慧をつければ無常を受け止めることができる.釈尊が入滅される前に弟子に示された最後の教え「自灯明*3」「法灯明*4」とはそういう意味の言葉である*5

 主人公は,一切皆苦(この世で生きていくことの苦しみ)を受け入れようとしている.
だから最後にもう一度,
臆病風に吹かれて 波風がたった世界を どれだけ愛することができるだろう?
 日々是好日,過去を追うな.未来を願うな.ただ今日なすべきことを熱心になせ.過去はすでに過ぎ去り,未来は未だ来ていない*6.またお願いします.ありがとうございました.

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*1:太宰治 斜陽

*2:菩提心:一心にさとりの境地に至ろうとする強固な意思

*3:自分自身を頼りとすること

*4:真理を頼りとすること

*5:人はみな天上天下唯我独尊である.人間の運命を決定づけるものは人間自身であり神でもデビルでもない(自業自得果).

*6:マッジマ・ニカーヤ/中部経典